2015年09月27日

「岡林信康2015弾き語りLIVE@もっきりや」 岡林信康(vo,g)

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1969年、僕は東京の大学生でした。キャンパスにちょっと寄ってそのまま新宿へ通うような、つまりその頃の学生だったわけです。三本立ての映画館と紀伊国屋とジャズ喫茶、だから浅川マキと岡林信康とジャックスと山下洋輔、つまり、まあ、そんな青春だったわけです。
1971年5月にもっきりやを作った時、岡林さんは壁に木を貼ったり煉瓦を積んだりするのを手伝いに金沢まで来てくれました。うれしかったけどちゃんと感謝の気持ちを伝えたかどうか、よく憶えていません。そんないい加減な21歳だったんです。
10何年たって「ベアナックル・ツアー」で超満員のお客さんに囲まれてもっきりやで歌ってくれました。まだ少しだけど殺気だった人達が居た頃です。
そしてまた30年くらいたって、69歳の岡林信康を迎えることができました。

さすがに声は枯れ、というふうに普通は書くのでしょうが、そういうのは間違っています。
コブシを効かせて(フォーク歌手ですよ)「流れ者でも 触れ合う心」と語りかける姿、「これで壊れてゆくなら僕は君の何だった」と歌いかける姿、エンヤトットのリズムにのって「船出の時は今、エンヤノラ、エンヤロサ!」と叫ぶ姿、歌を届けるというのはこうでなきゃいけません。
いいライブでした。
きっと今までで一番年齢層の高いお客さんだったかもしれません、それも他の街からも駆けつけてくれました。慣れない狭い椅子に押し込められてきっと大変だったと思います。でも岡林の歌声は届いたでしょう?
終わった後、近くの酒場で今のライブを思い出しながら、そしてきっと最初にこんな歌を聴いた頃を思い出しながら美味しいお酒をやってくれていたら、これほどうれしいことはありません。
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最後に、何枚かのこんな写真を撮ってもらいました。ちょっとうれしいかな。
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posted by 店主 at 00:00| 2015年9月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする